2007年09月16日

螺、螺、螺、螺旋

営業マン時代に知り合った人と久々に電話で話をしました。
最近話してばかりいる。自分の立ち位置を確認する為にも、
色々な人と会話することはとてもためになる。
ここ数週間は進んでそれをやっているような感じです。

で、改めて思ったのは、学生生活を終えたことで、
死ぬまで続く戦いが始まってしまったんだということ。
そんな環境に順応しようとする転換期であるから、
もがき苦しまないといけないのは当たり前なんだと。

リタイアしない限り死ぬまで続く自分との戦い。
そしてリタイアすることは「負け」を意味する。

ひとり、ふたり、と早速脱落していく。
結婚、出産、家庭の事情、世間の目、収入など理由は様々…
世間的にはそれが幸せなのでしょう。それでも俺からしたら負けは負け。
そんなことは許されない。負けず嫌いだから。
自分から身を投じた以上、絶対に勝たなければいけません。

結婚しようが子供が生まれようが、それは理由にはなりません。
別にほんとに家庭を持ちたいなら持てばいいし、
子孫を残す事は遺伝子に本能として刻まれているのだから、それは否定しない。
でも、それらが自分が一度立てた目標を放棄する理由にはならない。
しんどいことから目を背けるための言い訳にしか過ぎません。
穏やかな生活を夢見るもよし。されども今度はそれを存続させるべく戦いが始まるだけのこと。
それもまた出来ないで、昔砕けた夢に思い馳せる、
そんなどっちつかずの人生を送ることが、最も俺が恐れる人生。
家庭を持ちたくなったら、二足目の草鞋を履きこなせるようにしなきゃいかんと。
だから今は一足目を一生懸命、やる。

自分に負ける時、即ち死。
それくらいの覚悟がなければ、きっと続けられない。


果たして僕は死ぬまでこのレースから降りずに生きていけるでしょうか?
これから恐怖と強迫観念とうまく付き合えるようにしなきゃ、死んじゃいますねこれ。
人生を賭してやってくことだから、出来なきゃ人生断つ、っていう当たり前のことなんですけどね。
死にたくはないし。続けるしかないんですよね。
自分の業と欲の深さに感服する。
posted by B野 at 21:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
地位や名誉や時間なんかよりも、自分と戦うのが一番つらい。
でも、きっとそれが生きるってことなのよね。

自分に素直に。
きっとそれが一番の近道なんだろうなーと思う。
その準備をじっくり22年もかけたんだから、
その4倍以上の時間は頑張って戦わないと。
それこそ負けじゃない?

だから体壊したらダメだよ。
Posted by zizi at 2007年09月17日 20:42
>>ziziさん
4倍以上はメンドクサイですねえ。
さすがに爺ちゃんになってまで燻り続ける気はないっす。
むしろそれくらいの歳になったら次の世代に繋ぐことを考えられるくらい余裕がないとダメな気がします。
それ以前に不摂生しすぎなので多分4倍は生きられません!\(^0^)/オワタ
今僕貧乏で失うものも何もない状態なので、
正直に言うと地位も名誉もやっぱり欲しいです。
自分と戦って負けてなければそういうもんは勝手についてくるようなもんなんでしょうけど。
いつも負け戦みたいな感覚しかないので、いつ優勢でいつ劣勢なのかさっぱりわかりません。

まあ継続するのが何よりの力だと思うので頑張ります。
常に何かに追われてるような感覚はもう僕の人生で当たり前になってきたのでうまくトモダチになろうかと。
年金払うのも保険料払うのも見送り、っていうような生活してるんで、
またまとまったお金ができるまでは体も壊せません。
何とかします。
Posted by B野 at 2007年09月17日 22:43
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