2008年08月30日

命がけで小火を語るゲーム脳

 先日他所様の撮影に参加したんですが、小火騒ぎがあり肝が冷えました。

 撮影用や舞台・ライブ用に使うような照明というのは発熱が凄くて、
近くに燃えるものとかを近づけると大変危ないのです。
忘れてましたが一般の電気スタンドですら危険、という注意があったはず。
で、光の加減などを調節するために紙を少し離して遮っていたら、メラメラと燃え出したと。
 
 撮影場所がおもくそ木造建築でしたので、燃え移ってたら
建物自体が爆発してアフロみたいなことになるところでした。
(爆発はしないでしょうがどうせ燃えるなら爆発までしてほしいという強い願望)
タバコは吸わず、自宅も調理器具が電気ヒーターのため気にしていませんでしたが、
一人暮らしを初めて早くも二年目、改めて火の元には気をつけないとなあ、
と思い直すいいきっかけになりました。


 それにしても酷かった。自分が。
第一発見者が僕だったんですが、「あっ燃えてる!」って叫んだだけの自分がチキンすぎた。
「あっ燃えてる」とか状態を述べただけに過ぎない。
動けなかった要因など言い訳しようとすれば色々ありますが、
元来小心者ですので素直に非を認めておきます。

 背後で燃え出し、反射光で気付き振り向いてビビる俺。
発見直後はメラ級だったのに2秒も経たないうちにメラゾーマ級になって笑いました。
現場の人が慌ててその紙掴んで外の鉄板階段に投げつけたため、
リアルメラゾーマを目の当たりにすることに。
布袋寅泰が「火遊びが過ぎました」と報道各社にFAXを送り、
保坂尚輝がベギラゴンを対抗して放つレベルの燃えさかる火炎。

 でも凄いのがそこにいた全員が「あぶねー!」の一言で笑って済ませすぐ撮影再開した事。
今考えてみると、とてもたくましい事だと思いました。
怖いのは怖いけど、それとこれとは全然関係ありまへんがな、的な感覚。
命かけて作品を作っているとか、かっこいいし、
そこまで熱中出来るものがあるということは幸せなこと。
お疲れ様でした。


 でも物事を限界まで単純化していくと、全て命がけということになるのに気付きました。
映画に限らず物を作る人、そうでない人でも同じ。

 舞台やってる人達だって役者スタッフ共に事故が起こらないよう細心の注意を払っている。
絵とか描いてる人だって引きこもりすぎて体調崩したら確実に死ぬ。
版画とかやる人だとプレス機に挟まれたらペラペラになって確実に死ぬ。
サラリーマンだって仕事が原因で鬱になったら死ぬ確率が上がるし、
書類を捨てるシュレッダーに指から順に巻き込まれていったら確実に死ぬ。
主婦だって料理中に冷蔵庫が爆発四散したら確実に死ぬ。
乳幼児なんて何でもかんでも口に入れよるので確実に死のうとしてるとしか思えん。
あと全員に言えることだけれど、歩いてて車が前から来たら確実に死ぬ。
後ろから来ても確実に死ぬ。横からだったら大丈夫かって?確実に死ぬ。
鉄矢だけは例外。僕は死にましぇん!って言うから前から来るトラックだけ確実に死なない。
後ろや横からは死ぬかもしれない。
セガールは何をされても絶対に死なない。


 実は生きていること自体命がけですので皆誇りを持っていいのです。
 

 それにしても僕のゲーム脳は酷い。メラゾーマとか馬鹿なのか?
でも最初に浮かぶイメージがそれなので言うしか仕方がない。
大学の知り合い大勢と数年前に滋賀の花火大会を観た時も、
「吉川くん、すごい花火や、黒魔法ファイガみたいなことになっとる!」
とか恥ずかしげもなく言ったため各方面から失笑されました。
しかし僕のボキャブラリーの貧困さたるや相当なもので、
きっと当時どう頑張っても「邪王炎殺黒竜破」がいいとこだったろうと思われます。
「ゲームと現実の区別がつかない若者」が
危険視されている昨今、本当に生きていて大丈夫なのかと心配です。
でも生きてるから誇りを持って、いいんだよね…?
posted by B野 at 05:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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